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最高裁判所第二小法廷 平成8年(オ)533号 判決 1998年4月24日

兵庫県川西市久代二丁目四番一三号

上告人

金菊仙

右訴訟代理人弁護士

宮崎定邦

前田修

木村治子

高橋敬

吉井正明

古殿宣敬

被上告人

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

大竹聖一

右当事者間の大阪高等裁判所平成六年(ネ)第二六九五号損害賠償請求事件について、同裁判所が平成七年一一月八日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮崎定邦、同前田修、同木村治子、同高橋敬、同吉井正明、同古殿宣敬の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成八年(オ)第五三三号 上告人 金菊仙)

上告代理人宮崎定邦、同前田修、同木村治子、同高橋敬、同吉井正明、同古殿宣敬の上告理由

第一点 原判決は、国税犯則取締法の法律解釈を誤り、強制調査を適法とした誤りを犯しており、この点で破棄を免れない。

一、任意調査をせず強制調査を強行

本件強制調査は、訴外嫌疑法人株式会社富士砕石と同社が法人税の申告をした西宮税務署の担当者との間で修正申告のための話し合いがなされてことは当時者間に争いはなく原裁判所もそれを認めるところである。

二、国と原裁判所の弁解

被上告人国(以下国という)は、国税犯則取締法(以下国犯法という)の条文に任意調査が強制調査着手の条件になっていないと弁解し、原裁判所はそれとともに、「原告に対して原則に従ってまず任意調査をするほうが妥当であったと言えるものの」と原則として任意調査をおこなうべきことを認めながら、収税官吏の合理的裁量の範囲内であり、違法と言えないと弁解する。

三、何をさして任意調査というのか

さて、国税(地方税もかわるところはない)についての収税官吏の任意調査は、「任意」と言っても、日常的に使用される「任意」とは大いに異なり一般市民はもちろん、企業や弁護士などの行う調査―強制権限の裏付けのない調査―とは全くの異質のものである。

即ち、

第一に、法人税法一五三~一五五条は、収税官吏の質問検査権の規定している。質問検査権を行使しての調査は、収税官吏による強制調査ではなく、任意調査とされるものである。しかしながら、被調査者がそれに協力しないとみなされた場合には、懲役を含む処罰も用意されており、収税官吏には、任意調査であっても、処分を受けるものやその取引先など関係者には、強力な権限を背景に実行されるものである。

第二に、商品生産と流通の経済活動の根幹である金銭の流れの調査については、銀行等の金融機関との取引についての調査が重要であるが、一般市民はもちろん、企業や弁護士などの行う調査(弁護士に則していえば弁護士法に基づく照会)に対しては、顧客の秘密保護を理由に一切の事実を明らかにせず、事実の究明に協力を拒む銀行等金融機関は、収税官吏からの照会に対しては、顧客に対しては事前に連絡もせず、唯々諾々と収税官吏に取引状況を知らせているのが、公知の事実である。

すなわち、任意調査と称しても、収税官吏の行う「任意調査」は、権限からも、調査の実情からも、調査者側にとって至れり尽くせりであり、調査の目的を達成することは、一般市民はもちろん企業や弁護士の調査と比べても格段に有利で強力なものである。

このような「任意調査」を行うことが出来る国が、訴外嫌疑法人株式会社富士砕石が、それに協力する意向を表明しているにもかかわらず、それを全くすることなく本件強制調査に及んだのである。

四、本件強制調査は、任意調査が困難であるということでなく別の意図による

本件強制調査は、訴外嫌疑法人株式会社富士砕石の法人税のほ脱に係る資料を収集するためでなく、上告人の経営するサンエイセンターの所得を調査するためのものであったことは、その後国が、本件強制調査により収集した資料に基づきサンエイセンターの所得を推計し、訴外嫌疑法人株式会社富士砕石の法人税法違反事件で起訴された訴外崔種楽がサンエイセンターを経営していたとして所得税法違反の起訴を行う資料のみに使用されていたことからも明らかである。

事実国は、口では訴外嫌疑法人株式会社富士砕石が訴外長谷川工務店から支払いを受けた金の流れが一部不明で、サンエイセンターへ流れている可能性があったとし、またサンエイセンターの営業が訴外嫌疑法人株式会社富士砕石が訴外オーリョン商事名義で取得した建物でなされていたことを口実に、本件強制調査に及んでいるが、本件強制調査の着手以前に銀行の調査によって訴外嫌疑法人株式会社富士砕石が訴外長谷川工務店から支払いを受けた金の流れはすべて把握していたところである。

そして国は、上告人がサンエイセンターの営業に基づく所得について所得税の確定申告をしている事実(本件強制調査以後の年度もサンエイセンターの営業については、上告人が所得税の確定申告をして、その結果上告人の所得税額として確定している。)があるのに、ことさら上告人の納付した所得税をこの年度に限り還付し、右に述べたとおり訴外崔種楽がサンエイセンターの営業により得られた所得にかかる税を逋脱したとして、逮捕・勾留のうえ起訴したものであるが、本件強制調査の内容、その結果行われたこと、訴外嫌疑法人株式会社富士砕石・崔種楽に対する刑事公判の結果から、本件強制調査が任意調査が困難な条件下にあるのでやむなくなされたものでなく本来強制調査を行うことが許されないもっぱら別件のための資料収集を目的としたものであったことが明らかになっている。

五、同族会社であるということについて

原裁判所は、強制調査の必要性について「一般に、租税逋脱事件において同族関係者が介在する場合には、その同族関係者相互間において真実の取引を仮装、隠蔽することがしばしば行われがちであり、しかも、これら同族関係者が必要とする資料の収集を目的とする任意調査に応じるとは考えがたく、場合によっては、隠蔽行為に出ることも十分予測されるところである。」とするが、抽象的な一般論に過ぎず、なんの証拠による裏付けもない。

そればかりか、本件では訴外嫌疑法人株式会社富士砕石と同社が法人税の申告をした西宮税務署の担当者との間で修正申告のための話し合い―任意調査―を行っていたのであり、任意調査に応じるとは考え難くないことが明らかであり、前述の強制力により担保された任意調査という構造からも、原裁判所の説示は、全く根拠を欠くものであると言わねばならない。

六、結論

以上述べたとおり本件では、任意調査の実情、訴外嫌疑法人株式会社富士砕石や崔種楽が任意調査に応じていたし、応じ続ける意向を表明していたこと、収税官吏が別件の資料収集を目的としていたこと、訴外嫌疑法人株式会社富士砕石が訴外長谷川工務店から支払いを受けた金員の流れは調査済であったことからすると収税官吏が、強制調査をおこなったことは、収税官吏に許される裁量を著しく濫用するものであり、違法であるといわなければならない。また、このような明白な別件目的の強制調査の意図を軽率にも見逃してに臨検・捜索・押収許可状を交付したことも違法であると言わなければならない。

第二点 原判決は、憲法第三一条・刑事訴訟法第一一〇条の法律解釈を誤り、本件強制調査で臨検・捜索・差押許可状(令状)の呈示がされていないのにそれを適法とした誤りを犯しており、この点で破棄を免れない。

一、令状呈示の趣旨

収税官吏が臨検・捜索・差押を行う場合も、その手続きの公正を担保するため、臨検・捜索・差押許可状を処分を受けるものに示さなければならない(刑事訴訟法第一一〇条)。

それは、規定の趣旨からして、臨検・捜索・差押の執行に着手する前に令状の呈示を要する意味であることはいうまでもない(ポケット注釈二一三頁、平場ほか注釈(上)三四二頁)。

二、令状を呈示すべき相手方

令状を呈示すべき相手方は「処分を受ける者」であり、差押えを受けるべき物又は捜索を受ける場所を支配しているもの(ポケット注釈二一三頁、平場ほか注釈(上)三四二頁)である。

三、原判決の令状を呈示すべき相手方についての認定

原判決は、「処分を受ける者」(調査を受ける者)は、本件においては法人やこれる準じる団体であるとして<1>代表者<2>管理責任者<3>立会人に令状を呈示すればよいとするが、仮に本件臨検・捜索・差押が法人やこれる準じる団体に対するものであっても、立会人が呈示の相手方であるとするのは、刑事訴訟法第一一〇条の令状呈示の趣旨にもとり、収税官吏の便宜のみに偏した誤った解釈であるといわなければならない。

原判決は、上告人たるサンエイセンターを「法人やこれに準じる団体」とし、上告人以外の者に令状呈示をすればよいとしているわけであるが、上告人たるサンエイセンターを「法人に準じる団体」とすることは、全く誤っている。

すなわち法人に準ずる団体とは、その権利義務が個人とは峻別される団体に帰属するもののことをいうのであり、法人格がなくても団体として個人を離れて権利義務の帰属主体性をもつ「権利能力なき社団」のことを意味することが明らかである。

上告人の経営するサンエイセンターは、その経営の規模、従業員数、売上高がいかほどであれ、その権利義務の帰属や行政や取引先に対する権利義務が、すべて上告人に帰属することに、一点の疑問のないところであり、法人に準ずる団体などとは到底言えないのである。

かように原判決が、上告人を「法人に準ずる団体」としたのは、全く誤りであり、誤った前提に基づく令状の執行は違法を免れない。実際上告人のような個人事業主を「法人に準ずる団体」とするのは、収税官吏の便宜のためだけに我が国の民商法秩序をも無視した極めて重大な逸脱であるものと言わねばならない。

四、原判決の呈示の事実についての誤り

原判決は、令状呈示の趣旨の解釈を誤り令状の呈示を認定し、その結果令状に呈示に関する法律の適用を誤っている。

令状の呈示の趣旨は、臨検・捜索・差押の手続きの公正を担保するためになされるものであり、「処分を受ける者」(調査を受ける者)への権利侵害を抑制する趣旨を持つ。そうであるから、令状の記載が「処分を受ける者」(調査を受ける者)に十分了知できる状態にあり、かつその内容を理解し、それを逸脱する令状の執行を規制できる者に呈示されなければならない。

原裁判所(第一審裁判所)は、収税官吏福島の供述によれば、上告人のマネージャーの太田に呈示し、事務員松本に呈示し、その後出勤した崔昌植に呈示し、収税官吏小山が実質的経営者と考えた崔種楽に呈示したとしている。しかしながら、おなじ福島の供述から、崔種楽が令状の内容を確認しようとしても、それを取り上げて確認させなかったという事実が明らかになっており、また太田、松本、崔昌植に対して令状の記載を確認できるように呈示したという事実が証拠上全く明らかにされていないことから、結局原判決は、令状をサンエイセンターへ持参して、ひらひらさせれば、<1>「処分を受ける者」(調査を受ける者)への呈示でなくても<2>令状の記載内容が了知できようとそうでなくても<3>令状の記載内容を理解したものが、実際の令状執行の令状記載を逸脱した違法を監視・規制できる立場になくても手続的には問題がないとしているようであるが、右令状呈示の規定が設けられた趣旨に反しており違法を免れないし、また太田、松本、崔昌植は、原判決が令状呈示の相手方とした<1>代表者<2>管理責任者<3>立会人のいずれにも当たらないし、崔種楽も上告人の配偶者であり、収税官吏小山が実質的経営者と考えても、やはり<1>代表者<2>管理責任者<3>立会人のいずれにもあたらないことが明らかであるから、令状呈示の相手方でないものに呈示をしたという収税官吏福島の供述を理由に令状の呈示があったとするのは、令状呈示の趣旨にもとり違法を免れないところである。

五、結論

よって原判決が、本件強制調査において令状呈示がなされたとするのは、令状呈示に関する憲法や刑事訴訟法の解釈を誤った違法があるものと言わなければならない。

第三点 原判決は、臨検・捜索・差押に対する立会いについての憲法第三一条の解釈を誤って、本件での立会いの欠如を適法としており、その点からも破棄を免れない。

一、立会人について

たしかに国犯法には、立会人として事務員、雇人も列挙されている。しかしながら、法律が立会人の規定をおいている趣旨は、刑事訴訟法の規定から明確である。すなわち刑事訴訟法第一一三条は、捜索・差押に当事者の立会を認めており、人の住居等建造物や艦船の捜索・差押を行う場合は、住居主看守者それに代わるべきもの(責任者の立会い―刑事訴訟法第一一四条―)の立会いを認めている。それは捜索・差押を受ける者の利益を保護し、また手続の公正を担保する趣旨であるから、現実の執行が違法・不当な場合、それを規制しうる者でなければ、立会人の立会の趣旨を全うすることはできない。それだからこそ刑事訴訟法は「責任者」の立会いを規定しているのである。

そこで国犯法が臨検・捜索・差押の立会人として事務員・雇人を列挙しているからと言って、刑事訴訟法の諸規定との整合性を考慮すれば、あるいは憲法の適正手続き保障の趣旨の貫徹ということから、それらの者が立会人として認められるのは限定的に解釈されるべきである。すなわちそれらの者は責任者が臨検・捜索・差押に立ち会うことが物理的にできないとか、あるいは立会はできる条件があるのに、ことさら立会をしないなどの例外的な場合に限り、立会の適格が認められる者であると解するべきである。

二、立会の趣旨―立会の役割と範囲について

責任者の立会を要求する法の趣旨が、立会人に捜索・差押の現実の執行が違法・不当な方法で行われないよう看視する機会を与えることなどによって執行を受ける者の権利や利益が違法・不当に損なわれるのを防止することにあることからすれば、立会人が現実の執行の状況を看視することができないような状況で捜索・差押がおこなわれたような場合には、実質的に見れば責任者の立会を欠いた違法・不当な捜索・差押ということになるべきである(令状事務の理論と実務―判例タイムズ二九六号四〇七頁)。そうであるから立会人が、捜索・差押を行う収税官吏の現実の執行を看視しうる役割を果たす時間的空間的可能性が立会の実施には保障されなければならない。

三、本件の臨検・捜索・差押の立会の欠如

1、立会うべき者の立会を排除

本件サンエイセンターへの臨検・捜索・差押に対する立会人として、その趣旨を全うできる者は、サンエイセンターの経営者であり、日常的にサンエイセンターの状況を把握している上告人であることは疑問の余地がない。

また原判決は、収税官吏小山は、訴外崔種楽をサンエイセンターの実質的経営者と見た(これが誤りであることは、本件審理からも明白となっているところであるが)としているので、収税官吏の見解からすれば、崔種楽が立会人として相応しい筈である。

ところが、本件サンエイセンターへの臨検・捜索・差押当日、収税官吏たちは、訴外崔種楽宅においても訴外嫌疑法人株式会社富士砕石に関する臨検・捜索・差押を実施しており、上告人や訴外崔種楽が一刻も早くサンエイセンターへ赴く意向であり、かつ収税官吏らの制止が解除されて以後、直ちにサンエイセンターへ急行していたことを知りながら、ことさら上告人や訴外崔種楽そして同行した神戸弁護士所属の川西譲弁護士を無視して、不適格な警察官の立会人をこしらえ、本件臨検・捜索・差押を強行したものである。

このように本件臨検・捜索・差押は、「調査を受ける者」である上告人(被上告人によれば訴外崔種楽)の立会いによって確保すべき権利・利益に対する違法・不当な執行を防止する機会を奪ったものであるのに、原判決には、それを見逃した違法があるものと言わねばならない。

2、立会うべき者を本件臨検・捜索・差押の現場から排除

さらに収税官吏たちは、ようやく本件臨検・捜索・差押の現場へ到達した上告人や訴外崔種楽、川西譲弁護士が、立会を求めたにも係わらず、臨検・捜索・差押の現場から三名を閉め出した。そして辛うじて現場へ入った訴外崔種楽をも差押を妨害したと称して本件臨検・捜索・差押の現場から実力で排除したところである。

まず上告人が現場に赴いているのに、本件臨検・捜索・差押の現場で立会をさせなかったことは、いかに国犯法上の立会人の列挙者を形式的に立会人として臨検・捜索・差押をおこなったとしても、立会人を設けた趣旨にもとる本件臨検・捜索・差押の違法を免責するものでない。

また、上告人が依頼した川西譲弁護士を臨検・捜索・差押に立会わせず、かえって現場から排除したのも上告人の現場に立会わせなかったのと同様、立会人を立会わせない違法があると言える。なぜなら川西譲弁護士は、法律の精通者であり、上告人の依頼に基づき現場へ赴いたものであり、その立場や見識から「調査を受ける者」のために立会の本来の趣旨を生かすのに最も相応しい者であるからである。

そして収税官吏らは、訴外崔種楽をも、臨検・捜索・差押を妨害したとして本件臨検・捜索・差押の現場から実力で排除したことを誇らしげに供述しているが、立会人が収税官吏らの問題ある臨検・捜索・差押の現実の執行に対して、それを制跌することができなければ立会の意味もないことからすれば、立会人として活動しようとした訴外崔種楽を現場から実力で排除した収税官吏らの行為は、まさに立会の規定の趣旨にもとるものであるところ、それを見逃し、放置している原判決は、違法であり、これまた取消を免れないものと言わねばならない。

3、立会人が臨検・捜索・差押の状況全般を看視することを許さない違法

「処分を受ける者」(調査を受ける者)が、臨検・捜索・差押の現実の執行の違法・不当な方法で行われないように臨検・捜索・差押の状況全般を看視するためには、現実の執行の看視を遂げうる立会人が確保されなければならない。東京地方裁判所昭和四〇年七月二三日決定も、「五部屋において一四名の係官が一斉に捜索に着手したため、二人の立会人では、その捜索の状況を到底全部見守ることも出来ない状況を生じた」事例について、これを捜索・差押の不当な執行方法としている(下刑集七・七・一五四〇)ところである。

ところが本件では、収税官吏一一名(一審答弁書)が、サンエイセンターで、臨検・捜索・差押に着手しているが、収税官吏福島は、唯一本件令状の内容を確認しようとした訴外崔種楽さえも、本件臨検・捜索・差押現場から排除して、それを強行したところである。そもそも本件現場に赴いた上告人訴外崔種楽、川西譲弁護士の三名が立会うことが出来て、三名が手分けをして、看視をしても、一一名の収税官吏が行う現実の執行の状況を十分把握することは困難である。まして、収税官吏たちは、わずかの警察官を立会人としたので国犯法の要件を満たしているとするが、なんの事情もわからない警察官が、一一名の収税官吏の行動を看視して、違法・不当な執行方法を制止することがあり得ないことは明らかであり、それをもって本件の臨検・捜索・差押に対する立会いの趣旨を没却したものであり、誤っている。

四、結論

これまで述べたとおり、臨検・捜索・差押における立会人がおかれる趣旨にもとり、かつ現場においてはその立会さえさせない収税官吏たちの本件臨検・捜索・差押の執行の誤りを見逃す原判決は、憲法とそれにく基づく強制調査における執行方法の適正手続きを理解しない誤ったものであり、取消を免れない。

第四点 原判決は、臨検・捜索・差押許可状(令状)ついての憲法第三一条の解釈を誤って、本件での令状による差押の違法不当な執行を適法としており、その点からも破棄を免れない。

一、令状による規制の趣旨

令状主義は、行政の恣意により、差押・押収されないこと―そのことにより生活の平穏、財産の保護、人身の自由が必要最小限に規制されることが、期待されていることにある。

たしかに、行政にとっては、その目的の達成のためにもっとも効率良く、逆にいうと制約なくまた国民の抵抗を排除して ことをおこなえるのが、有り難く能率も良いのであろう。

しかしながら、それによって、国民の人権がないがしろにされることがあってはならないため、令状の交付を受けた場合のみに、その令状の記載内容の範囲で国民に対する強制が許されることになっているのは、行政による人権侵害とそれによるおびただしい惨禍のうえに人権保障を求める長い国民の闘いにより、ようやく形造られた人権保障のための英知に基づくものである。

そうであるから、令状の記載は、極力国民の人権への侵害お恐れを排除する体裁でなければならない。

そのためには、令状の記載から、差押の目的・必要性が明確であり、差押の場所・対象が明確かつ一義的であり、差押の目的のため必要最小限度でなければならない。

そこで本件においても、訴外嫌疑法人株式会社富士砕石の租税逋脱という嫌疑事実の解明のために、右法人からの金銭の流れを解明するためのものであったというのであるから、差押場所が、上告人ことサンエイセンターであっても、それは訴外嫌疑法人株式会社富士砕石の租税逋脱に係わる文書や物にほかならないし、そういう解釈以外の解釈をとりうるものであるとすることは、令状主義の趣旨から許されるところでない。

二、資金の流れの解明のために取引関係者の全ての資料を差押できるという誤り

ところが、原判決は、「・・・以上認定した事実によると、訴外会社、オーリョン及び原告(上告人)は、崔種楽を介して人的、物的、資金的に密接な関係があることが認められる。そうすると、訴外会社が株式会社長谷川工務店から取得した約五億九〇〇〇万円の流れの全容を解明するためには、訴外会社からサンエイセンターに対して資金が流入しているか否かを明らかにする必要がある。そして、右目的達成のためには、サンエイセンターに存在する訴外会社の書類及び訴外会社の営業その他の諸活動に関係する書類に限らず、前記事業年度から本件強制調査着手日までのサンエイセンターにおける営業状況、財産状況が判明する一切の資料に基づいて前記事業年度から本件強制調査着手日までのサンエイセンターにおける損益の発生、資産の増減を把握してその営業内容を明らかにする必要があるといわなければならない。本件許可状もこの趣旨で「差し押さえるべき物件」を掲げたと解される。・・・」(事実及び理由第三、二、2)とするが、

サンエイセンターの営業状態、財産状態が判明する一切の資料(すなわち営利を目的とするサンエイセンターであるから、サンエイセンターのすべての資料ということになる)が本件許可状記載の資料であることについて何の論証もないばかりか、そもそも客観的社会的事実を無視した誤った認定であると言わねばならない。

なぜなら「訴外会社からサンエイセンターに対して資金が流入しているか否か」の根拠書類は、訴外会社とサンエイセンター間の取引に関する書類であるから、たとえサンエイセンターに存置されていても、訴外会社にあっても、訴外会社に係る書類であると言ってよいであろう。

しかしながら、原判決の言うように仮に訴外会社の金銭がサンエイセンターに入ったとしても、それがサンエイセンターという営利事業において、資本として回転を続け、自己増殖をして行うものであり、その資本増殖活動は、訴外会社とは全く関係のない活動であり、経済社会活動(社会的事実)である。すなわち営利事業の資本(資金)の回転は、その資本が盗んで得られたものであろうと、借りたものであろうと、もらったものであろうと、もともとの蓄えであろうと、金銭の出所とは全く関係のない中立(無色)の活動であり、それは「国富論」など経済理論書をひもとくまでもなく資本主義社会の本来的活動であり、誰もが認める客観的事実である。

それゆえ、訴外会社からサンエイセンターに対して資金が流入しているか否かの判断にサンエイセンターの営業状態、財産状態が判明する一切の資料を明らかにしなければならないというのは、全く根拠のない認定である。そして原判決の右論旨は、結局のところ、本件のような別件の調査を目的とした違法・不当な捜索・差押を許容する国税犯則調査に託つけて、収税官吏が、やりたい放題、捜査ができるようにという彼らの都合―それは逆に国民の人権に対する配慮は全く欠落していることを意味する―に基づいて恣意的に令状を解釈して、収税官吏の意のままに捜索・差押ができるよう差押の範囲を無限定にしているものであることが明らかである。

このような全く無限定な差押こそ令状によって、行政の行き過ぎから、国民の人権を保護しようというのが、憲法に基づく令状主義の本旨であることからすると、原判決のこのような解決は、令状主義の趣旨にもとり、収税官吏の願望を満たすために国民の人権を省みないという反憲法的なものであることが明白で、誤りであって、破棄を免れない。

三、令状の記載を歪曲する誤り

令状主義による人権侵害の規制一令状主義が令状主義たる所以は、令状をもって収税官吏には令状の記載以外の行動が許されないことにある。そして令状の記載が収税官吏によっていかようにも解釈できるものであってはならず、令状の記載から二義ないものでなければならない筈であるのは、すでに一項で指摘したとおりである。

本件令状は、犯則事実を訴外会社の法人税の逋脱としてその証拠資料を差押するため、上告人ことサンエイセンターにおいて差押を許可するものであるが、その令状は、

<1> 訴外会社の犯則事実に関する証拠資料であること

<2> 上告人ことサンエイセンターの店舗・事務所・附属建物に存置されているもの

<3> 別紙差し押さえるべき物件書類

と絞りをかけている。

そしてとりわけ<3>の記載をみると「株券台帳、訴訟関係資料(本件嫌疑事実は、訴外会社と株式会社長谷川工務店間の訴訟等の解決に関して支払われた金銭の性質やその使途が問題とされている)決算関係書類、不正計算に関係ありと認められる預貯金通帳」など訴外会社でなければ、存在しない資料が物件の記載の中に散見することから、全体としてみれば、「差し押さえる物件」について、本件の令状は、上告人ことサンエイセンターの店舗・事務所・付属建物内に存置されているものであり、訴外会社の証拠資料を差押することを許すという趣旨であるとしか読み取ることができないものである。

それを原判決は「訴外会社、オーリョン及び原告(上告人)は、崔種楽を介して人的・物的・資金的に密接な関係があること」から上告人ことサンエイセンターの訴外会社との取引に関する書類を差押して良いだけでなく上告人ことサンエイセンターの独自の営業活動の損益に関する資料まで差押の対象となるとするが、そのような令状の記載から二義なく読み取れるものでない解釈が到底取りえないことが、明らかである。原判決の右のような認定は、令状の記載から導きだされるものでなくて、令状の記載からは到底うかがうことができない収税官吏の強制調査のための都合や便宜に基づいたものであり、まさに令状主義により規制されなければならないところである。それにもかかわらず、原判決と、令状の記載を恣意的にねじまげ融通無碍にその趣旨をねじ曲げ違法な差押えを容認したのは、憲法の趣旨に基づく令状主義にもとり、誤っており、取消を免れない。

四、令状を違法な捜査を許可する令状とする誤り

原判決のような嫌疑法人と取引関係にある者が捜索・差押の対象とされた場合、嫌疑法人と捜索・差押の対象とされた者との間の取引・やり取りに関する物や文書に限らず、捜索・差押の対象とされた者の営業状態、財産状態が判明する一切の資料を差押できるとするならば、差押えるべき物件は、通常営業活動をしている者とくに国際化が進んだ中(たとえばパスポート)で営業している者であれば、誰もが備えつけている書類や物件であることから結局捜査当局が「犯則事実」と関連があり捜索・差押の対象とすれば、サンエイセンターに限らず、訴外会社と取引など何らかの関係がある会社や個人のものはなんでも差押えが許されることになってしまう。

なぜなら資本主義社会では、営業をするものは、法人であれ、個人であれすべての活動は、その権利主体の営業状態、財産状態にかかわる活動をしているものであるから、いったん差押の対象とされた以上、差押えされる物や書類には、全く歯止めがなくなってしまうのである。

このように、原判決の本件令状の記載の解釈は、令状主義を極度に形式化し人権保障機能を全く刑骸化するものである。そして令状主義の本来の狙いとは、逆に本来捜索・差押など強制調査の出来ない(いわば違法な調査と言えるところである)嫌疑法人以外の個人会社に対して当該個人会社の営業状態、財産状態にかかわる活動の資料を収集を許す免罪符を付与することになるものと言わねばならない。

まさにそのような令状の解釈に基づきなされた資料収集により、訴外嫌疑法人の法人税逋脱とは、まったく係わりない訴外崔種楽の所得税法違反の起訴の根拠が提供されたものであり、原判決の令状解釈が別件差押を適法として認知したものである。

五、以上のとおり、原判決の本件令状の記載の解釈は、令状主義を根底から否定し、逆に令状をもって本来強制調査ができない対象に差押えを許すという誤ったものであり、取消を免れないものであると言わねばならない。

以上

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